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ルネサンスのセレブたち

312日前
flagellazione
1441年に、マエストロ・デッロセルヴァンツァがシエナ共和国の財務省の注文を受けて制作した、歳入歳出書の表紙。木製の板にテンペラで描かれています。遠近法が駆使されたこの美しい作品を、現代の研究者たちは口を揃えて、「1400年代中期の傑作」と呼んでいます。この小作品は、本来はシエナの古文書で保管されているはずでした。ところが2016年12月のサザビーズの競売に登場し、まれに見る高額で落札されました。イタリア政府は、またしても国宝級の史料をみすみす流出させてしまったことに頭を抱えています。




今朝起きたら、夫に「これは読んだほうがいいよ」といわれた記事です。

国外に流出するはずのない、国立古文書館の歴史的史料であり芸術品でもある作品が先日、ロンドンのサザビーズにかけられました。
この作品は、イタリアでも国宝級といわれるレベルのものであり、イタリア政府は競売の事実を知り青くなりました。が、サザビーズは、「作品は、100年もの間ドイツ人のコレクションであったのだから、競売には問題なし」と発表しています。

シエナ共和国の歴史の一部ともいえるこのお宝は、いったいどこに流れていくのでしょう。

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315日前
Giotto,_strage_degli_innocenti,_lacrime
ジョットーが1305年頃にパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂に描いた『幼児虐殺』。子供を奪われて涙を流す母親の姿。



日本も寒いそうですが、欧州も寒波に襲われています。
普段は雪が降らないイタリア南部にも大雪にみまわれ、雪をかぶった美しい歴史建造物の写真が新聞にもアップされていました。
ローマは雪こそ降りませんでしたが、町中の噴水が凍りました。
我が町は、噴水だけではなく水道管も凍ってしまい、恒例の断水です。それだけなら気温が上がれば水が戻るはずなのに、戻ったかと思うとまた水が出なくなる、という状態を繰り返しています。街に張り巡らされた水道管があっちこっちで破裂して、石畳から水がわき出てそれがまた凍ってしまいます。
今日はわずかに気温が上がって道路の凍結も収束に向かっていますが、水道管の工事はあまりにあちこちで行われていて、もうなにがなんだかわかりません。給水車は今も街の広場に待機しているので、当分終わらないってことなんでしょうか。水が戻っても水圧は低くて、ヒヤヒヤしながら洗濯機を急いでまわし、食器を洗い、ちゃっちゃとシャワーをして、バスタブやバケツに水をためておく。なんだか非常時みたいな生活です。やれやれ。

買い物にでも出かけて凍結した坂道で転ばれたら目も当てられない、と夫は思っているらしく、「家で暖かくして本でも読んでれば?」というので、こういうことには素直な私はもっぱら本を読んだりドキュメンタリーを見たりしています。そうでもしていないと、イライラ感からは逃れられません。

美術のドキュメンタリーを見ていたら、中世のお堅い絵画から脱出したジョットーは「むき出しの歯」や「悲嘆の涙や雄叫び」をはじめて絵にした画家だと説明していました。

で、涙についてちょっと興味を持ちました。 続きを読む
321日前
DSC_8738
ホワイト・クリスマスを夢見て向かったスウェーデンですが、残念ながら雪が降ったのはクリスマスのあとでした。
Öregrund という田舎町で。これ、お昼ごろの光です。

 

昨年末、一週間ほどスウェーデンの田舎で過ごしてきました。

義弟のガブリエーレとそのパートナーのハンナは、彼女の出産のためにスウェーデンに滞在しており、クリスマスを一緒に過ごそうよと招待してくれたからです。
寒がりの私は、こんな機会でもないかぎり北国に行くことはないだろうと思い、思い切って行ってみることにしたのです。

一週間を過ごしたのは、ストックホルムから130キロの所にあるオストハンマルという人口5000人弱の小さな街です。
ハンナとガブリエーレは、ハンナの両親が住む家の敷地内にある一軒家に住んでいて、私たちのためそこから歩いて5分ほどのこれまた一軒家のベッド・アンド・ブレックファーストを借りておいてくれました。

娘は雪を楽しみにスウェーデンに向かったのですが、私たちが着いた日の前日の雨で雪は溶けてしまっていました。 続きを読む
322日前
natale nei musei
「冬の休暇は美術館で!」と呼びかけるローマ市のポスター。それぞれの絵画に添えられた一文は、なんと盗用であったことが判明しました。




皆様、あけましておめでとうございます。

以前のように書く時間が確保できず、書かなければ気力もなくなるという悪循環で、2016年の記事の更新はひどいものでした。
それでも読んでくださる方がいるというのはありがたいものです。

2016年の師走は、これまでになく慌ただしく過ぎまして、冬の休暇は義弟と彼のパートナーがいるスウェーデンの田舎で過ごしてきました。寒がりの私は自ら北欧に行こうなどとは思ったこともないのですが、義弟と彼女のあいだに可愛い男の子が生まれて、「ぜひ遊びに来て」とチケット代まで送られてきたので、彼女の実家があるオストハンマル ( Östhammar ) という小さな街で一週間を過ごしてきました。

出発前に夫が「石灰沈着性腱炎」なるものにかかり腕が動かせなくなる騒動があったり、娘の身分証明証の期限切れに気づいたのが出発前日であったりと、まったくバタバタと出発したのです。しかしスウェーデンに到着すればまだ1ヶ月を迎えたばかりの赤ちゃんがおり、午後の3時過ぎには日が暮れてしまう静かな彼の地の生活があり、まるで別世界に遊んできたようでした。

イタリアに戻り、大晦日は仕事。仕事のあとは新年を過ごす友達の家に直行し餃子を山のように作り、一晩を過ごして家に戻れば洗濯物の山です。
夫は今日から仕事に戻りましたが、風邪を引いた私はぐずぐずと過ごし、これまた山のような娘の宿題につきあっております。

以前のように新聞をがつがつと読むこともなくなってしまったのですが、美術関係の記事はやはり気になります。
醜聞から幕を開けた2017年ローマ美術広告のニュースです。


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1年以上
salviamo centro italia
地震の被害を受けたマテリカの市長の要請を受けて、中部イタリアを救うために画家や作家も思いを作品に託しています。その一つ、傷つけられ血を流すマルケ州の丘陵地帯。



8月にイタリア中部をおそった地震は、その後もやむことがなく、余震を繰り返していました。
ローマがふたたび地震に襲われたのは10月26日、夕方に二回、私は地震を感じましたが、夫も娘も「本当?」とのんきなものでした。
10月30日の朝、夏時間が終わりいつもより1時間多く寝たのんびりした日曜日、まるで地面が20センチくらい横にずれた?と思うような揺れに襲われ、のんきな夫も息を潜めました。
その後、とくに大きな余震はなく、私は仕事のために車でローマに向かいました。ローマの道は、もともと穴だらけです。運転中の揺れで、その後の余震は私も知りません。
ただ、町中に入ったとたん、道に人があふれていてびっくりしました。
地下鉄が止まっている、とすぐにわかったものの、日本と違い被害の状況や震源地がすぐに発表されるはずもありません。
時間が経つにつれて、被害の状況が明らかになってきました。
今回も、震源地はイタリア中部のアペニン山脈沿い、聖ベネデットの生地ノルチャが最も大きな被害を受けました。前回の地震では、過去の被災を生かして死者が出なかったノルチャ、今回も死者こそ出なかったものの、中世以来伝わる文化遺産が大きな被害を受けたことがニュースで伝えられています。

8月の地震とそれに続く余震で、中部イタリアの文化遺産の被害は、文化財・文化活動省に報告されたものだけで三千件に及びました。10月30日の地震により、さらに二千件の被害が報告されるであろうと文化活動省は頭を抱えています。

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ルネサンスのセレブたち

作者:cucciola

ルネサンスのセレブたち

歴史・美術・本。ネクラな趣味に生きるローマ在住ジャッポネーゼ

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