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ルネサンスのセレブたち

1年以上
Leonardo_da_Vinci_-_The_Last_Supper_high_res
レオナルドの代表作『最後の晩餐』。



年末、ミラノに行ってきました。
夫はしじゅうミラノに出張しているし、私もブログを書いているとミラノは身近に感じます。
しかし考えてみると、ミラノに行ったのはまだ学生のころでした。
見たのはドゥオモとレオナルドの「最後の晩餐」がある教会だけ。それも、「最後の晩餐」は当日急に見学不可能となって見ないまま終わりました。
今回のミラノ旅行の目的は「ジョットー展」でした。
12月のクリスマス休暇には連れて行くから、と夫は行っていたのですが、寸前になってミラノの大気汚染の問題で市内への車の乗り入れが禁止されていることに気がついて、即飛行機旅行に切り替えました。
ぎりぎりに購入したアリタリアのチケット、非常に安価だったのですが、預け荷物には別料金が加算されます。
というわけで、ふたりでリュックを背負い、気分だけは若者に戻って行ってきたのです。
しかし体はだませません。
旅行から帰った日は、夫婦で「年をとったもんだ」とぼやいたくらいでした。
バックパッカーですから、泊まったホテルが街のど真ん中にあってもお買い物は無縁で、ただひたすら美術を見てきました。
ブレラ美術館では大好きなクリヴェッリを見てそれだけでも満足。
ジョットー展は、作品は十数点でしたけど、彼の繊細な筆遣いをじっくり堪能してこちらも満足。
月曜日はあらゆる美術館が閉館だったので、急遽見に行った「ラッファエッロからシーレ展」でも、世界史の教科書に登場するようなビッグネームの作品をこれでもかこれでもかと堪能して大満足。とくに、ブタペスト美術館が所蔵していたブロンズィーノの作品にボーっとなってしまいました。さまざまな年代の画家たちの作品を一挙に見るのは私はあまり好きではないのですが、この美術展は非常に面白かったです。

夫は、だいぶ前に今回展示されていた「ステファネスキの祭壇画」の調査に加わっていたのですが、年末の超多忙ゆえ、ジョットー展で再びその作品に再会しても「全然思い出せない」と言っていました。
2015年の年末は、EUがさまざまな実験に出資をするプロジェクトの最終年の最終月で、予算を使い切らないといけない大学の研究所から電話がひきもきらず、夫はイタリアを縦横無尽に走り回っていました。見せてくれたパンフレットによれば、「宇宙でもっとも低い温度を作り出す機械」だそうで、「これ、ほんとにいいよな~」と夫がつぶやいても、私にはタダの無粋な機械でしかありません。美術や古文書館系の仕事が多かった2015年でこぼれ話にありつける私にはありがたい年でしたが、夫の師走は物理学科の研究室めぐりで終わりました。

そんなことはともかく、久々にミラノの空気を吸った私はなぜかレオナルドについて読みたくなりました。
レオナルドがお好きな人や研究者のかたがたにとっては、当たり前の話で「いまさらブログになんか書くな」と言われそうですが、私には非常にに面白い内容だったのでお叱りは承知で書いてみようと思います。

レオナルドについては、もろもろの仮説、小説、ミステリー、など、読みきれないほどさまざまな書籍が出ておりますが、私は最近暇があれば手に取るダヴェーリオ氏の『最後の晩餐』に関する章を読みました。
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1年以上
DSC_6582
12月に訪れたシエナの美術館での一枚。記憶が正しければ、このステンドガラスの下絵はドゥッチョによるもの。


みなさま、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2015年の12月は私にとっては例年にない早さで過ぎてしまいました。
子供が成長するとそれに伴い習い事や行事が増えます。
幼稚園が演劇会や合唱会とともに終わり、クリスマスがやってきました。姑や親戚と過ごした次の日は仕事、その次の日からは娘は姑に預けてミラノに行ってきました。
目的は「ジョットー展」で、10月の私の誕生日に夫から「プレゼントはジョットー展に連れて行くから」と言われていたのですが、お互いに休みが合わず年末に一泊で慌しくバックパッカースタイルで行ってきたのです。
ミラノで開催していた「ラッファエッロからシーレまで」というブタペスト美術館の美術展とブレラのピナコテーカを見学して、足も目もくたくたに疲れました。しかし、久々に美術にどっぷりと浸かった二日間でした。
ミラノから戻れば、30日、31日は娘の幼稚園の友達の誕生会、年末年始のための買出し、大晦日の夜は友人の家でひたすら食べてすごし、元旦はまた親戚と昼食会、というわけで、泊りがけの外出が多く家の中も雑然というありさまです。

1月6日のべファーナまで、まだまだバタバタの日が続きそうです。
12月はろくに更新もしておりませんでした。(毎年のことですね)。
昨年の12月は、父を失った悲しみが癒えないうちに姑の怪我があり、精神的にもつらかったのですが、それを思えば今年は忙しいとはいいながらも気持ちはずいぶんと楽になったなあと思います ( 肉体的には年齢を感じますが ) 。

2016年の皆様のご多幸を心からお祈り申し上げます。
はてなダイアリーのころからの長いおつきあいをさせていただいているかたもあれば、いつもスターを下さるかた、たまたま拙ブログを読んでくださった方、さまざまなご縁があります。
つたないブログを訪れてくださる皆様に心から感謝いたします。
細々と続いている私のブログですが、今年も時間を見つけて更新していきたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。








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1年以上
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やたらに小説などのネタにもされるルクレツィア・ボルジア。彼女の肖像と伝えられるピントゥリッキオの作品。ルクレツィアはスペイン系の貴族でしたので、スペインの風習に忠実に、マントは両肩ではなく斜めがけにするのが通常であったそうです。ドレスは彼女が好んだ地味な色、袖は細身に。頭に乗せている帽子も、スペインからの流行で、目録によれば彼女は13個も所有していたそうです。 1494年の作品。
( Vaticano, Appartamento Borgia )



体調が悪いのを無理してシエナなどに行ったのがたたって、今回の風邪は長引きました。
まだ咳が止まらず、イマイチ体に力が入らない感じ。
シエナに行ったときの写真を見ても、私のカメラのものはみんなぶれていてとてもブログにできそうにありません。夫のカメラから写真は拝借するにしても、あの感動はやはり元気になったときに書きたい。

今日の話題はボルジア家です。
最新号の歴史雑誌の特集がボルジア家で、このスペイン貴族の家系には悪名高い法王アレッサンドロ六世やチェーザレ・ボルジア、ルクレツィア・ボルジア以外にも教会の重職にいた人が多かったのです。

そんな大特集はまだ読む気力がないのですが、いつものごとく脇の記事から。
ルクレツィア・ボルジア ( Lucrezia Borgia ) のファッションについての記述がありました。
色白で甘い顔立ちであったといわれる彼女、案外シックな色彩を好んだようです。
スペイン系の貴族が、イタリアで「黒」をはやらせたことは以前にも書きました
ボルジア家については日本にもたくさんの書籍が出ていますので、ひょっとしたら日本でもすでにご存知の肩も多いかもしれませんが、イタリアの歴史雑誌の短いこの記事をちょこっと訳してみました。

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1年以上
Mona_Lisa,_by_Leonardo_da_Vinci,_from_C2RMF_retouched
世界一人騒がせな女、それが私です。




昨日は聖年の扉が開きました。
我が家は久々に家族で過ごせる連休でしたので、私は扁桃腺の熱を薬でなんとかしてシエナに行ってきました。
どうしてもピオ二世の図書館が見たくて。
その感動はまたいつか書いてみたいと思います。

今朝、夫とラ・レプッブリカのサイトを見ていたらモナリザの記事がありました。
日本ではもう大変詳しく伝えられているようですが、一応私もイタリアの新聞からのこの記事を訳してみようと思います。
内容は日本のもののほうが詳しいみたいですね。

ラ・レプッブリカの科学ニュースからです。

われわれがよく知っているモナリザというあの女性の下に、別の二人の女性が絵かがれていたことが判明しました。
隠れていた女性たちは、真珠のペンダントをくびにかけたり、髪の毛をピンのようなもので留めたりしています。

レオナルド・ダ・ヴィンチが現在は「モナリザ ( イタリア語ですとMonna Lisa ) 」と呼ばれる女性像を描き始めたといわれるのは1503年。現在ルーブル美術館に残るあの姿になるまでに、レオナルドは試行錯誤を重ねていたようで、その結果が今回モナリザの下から登場した二人の女性だというわけです。あのなぞめいた微笑も、そんな秘密を500年も隠していたのだとしたむべなるかな。

今回の調査のリーダーであったのが、フランス人科学者パスカル・コット ( Pascal Cotte ) 氏です。
彼は、パリに設立されたルミエール・テクノロジー ( Lumiere Technology ) の発起人の一人であり、2004年には作品に損害を与えないまま、作品が描かれている下の幾重にもわたる層の調査を実感的に行っています。
この実験の様子は、イギリスのBBCがドキュメンタリーとして撮影しており、コット教授のこの手法を Layer Amplification Method ( LAM ) と撮影中は呼んでいたようです。( cucciola 注 :この実感がモナリザのみであったのか、ほかの作品も加わっていたのかは記事からはわかりませんでした)
BBCがスポンサーにもなったからでしょうが、この10年に及ぶコット教授の研究は教授の故国フランスではなくイギリスのBBCが世界に先駆けて「 The Secret of the Mona Lisa 」なるタイトルで放映され話題になったというわけです。

コット博士はさらに、今月には『Lumiere on th Monna Lisa. Leonardo da Vinci. Hideen Portrait 』 という書籍も刊行しています。この書籍も世界に先駆けて、ロンドンと上海で7日から販売されています。
また、この本の序文を書いたのがレオナルドの生地ヴィンチ村にある博物館 ( Museo Ideale di Vinci ) の館長であるアレッサンドロ・ヴェッツォージ ( Alessandro Vezzosi ) で、コット教授の研究結果が多くの研究者たちに新たな光を与えることを望む、との文章を寄せています。
また、「ルーブルの至宝ともいえる作品を、最新のマルチスペクトルの技術で調査をするという画期的な試みによって、歴史が変わっていくかもしれません」
とも述べています。

ちなみに、ルーブル美術館はこの件に関してまだ公式なコメントは出していないそうです。 ( 2015年12月9日現在)。



話は変わりまして、ここ数日私のブログにコメントを残してくださろうとすると、エラーになってしまうことが多いのだそうです。
私にも理由がわからないのですが、ご迷惑をおかけした皆様にお詫びを申し上げます。
よくよく調べまして、そのようなことがおきないように努めます。
本当に申し訳ございませんでした。








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1年以上
41341-02b
1499年にアルド・マヌーツィオによって出版された『ヒュプネロトマキア・ポリフィリ』。挿絵入りの書籍のなかでも、その読みやすさ、美しさでは一頭地を抜いているといわれる本。


師走に入ってなにやら慌しい空気が漂っております。
子供が大きくなれば行事も増えるので、それを一つ一つこなしているとあっという間に時間が過ぎていく感じです。

ところで今年は、出版の父アルド・マヌーツィオ ( Aldo Manuzio ) の500年忌だそうです。
とはいっても、亡くなったのは1515年2月6日なので、忌日はかなり前の話ですが。

とりあえず、その500年忌を記念して、ミラノのピナコテーカ・アンブロジアーナ ( Pinacoteca Ambrosiana ) では12月2日から来年の2月28日までアルド・マヌーツィオの出版物の展示会が開かれているそうです。

美術ニュースからどうぞ。


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ルネサンスのセレブたち

作者:cucciola

ルネサンスのセレブたち

歴史・美術・本。ネクラな趣味に生きるローマ在住ジャッポネーゼ

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